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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5397号 判決

原告

株式会社平間電気商会

右代表者

秋山良夫

右訴訟代理人

唐沢高美

外二名

被告

有田二郎

右訴訟代理人

儀同保

亡和田将裕訴訟承継人

被告

和田とし子

被告

佐野新作

右両名訴訟代理人

堀場正直

外一名

被告

富士電設工業株式会社

右代表者

佐野博

被告

佐野昭一

右両名訴訟代理人

中谷章一郎

主文

1  原告の被告五名に対する第一次請求及び第二次請求をいずれも棄却する。

2  原告の被告有田及び同和田に対する第三次請求につき、右被告両名は各自原告に対し、金五八〇万二六〇〇円及びこれに対する昭和四五年六月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告の右第三次請求中その余の部分を棄却する。

4  訴訟費用中、原告と被告富士電設工業株式会社、同佐野昭一、同佐野新作との間に生じた分はいずれも原告の負担とし、原告と被告有田二郎、同和田とし子との間に生じた分はそれぞれこれを五分し、その一を原告の、その余を右被告両名の負担とする。

5  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一被告らに対する第一次及び第二次請求について

一〈証拠〉を総合すれば、訴外丸二製紙は、昭和四一年暮ころ、すでに同会社富士宮工場に設置していた第一、第二号抄紙機のほかに、同工場に板紙製造のため第三号抄紙機を新設することとし、その設置工事の一環として、同四二年三月一〇日、訴外リフトとの間にその資材の買入れと右資材による工事のための産業機械電機配線給水配管工事契約を締結したこと、右契約は請負工事の形式でなされたが、その代金中には、本件資材の納入代金を含むものとされたこと、リフトは右資材による請負工事中、電気工事についてはこれを被告富士電設に下請させるとともに電気関係工事資材はこれを原告から買受けることとして、そのころ原告との間にその旨の契約を締結したこと、原告は、リフトとの間の右契約の履行として同四一年三月中旬から同年五月下旬にかけてメーカー自身から直接又は原告の手で別紙目録記載の本件資材を含む代金合計一三二二万四七〇六円相当の電気関係工事資材を丸二製紙富士宮工場に納入したこと(ただし、被告和田、同佐野新作についてはこの事実を明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。)被告富士電設はリフトの下請として右工事に従事していたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。そして、昭和四二年五月三一日丸二製紙が不渡手形を出して倒産したこと、右原告とリフト、リフトと丸二製紙間の一連の売買契約成立の当時から丸二製紙の倒産時までの間、被告有田、亡和田が丸二製紙の代表取締役であり、被告佐野新作が同会社の富士宮工場長であつたこと、被告佐野昭一が被告富士電設の代表取締役であつたことは、被告和田、同佐野新作との間では当事者間に争いがなく、その余の被告との間では右倒産の事実と被告ら各自の地位に関しては当該被告との関係で争いがないが、その余の事実も明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきである。

二原告の第一次請求は、本件資材に対する所有権が特約によつて原告に留保されていたことを前提とするから、右特約の存否につき判断する。

証人の各証言中には右特約の存在を肯定する供述部分があり、また、前掲甲第二号証中にも同趣旨の記載があるが、右甲号証はその日付自体と右証人らの証言により、丸二製紙の倒産が予想される時になつて事後に作成されたものであることが明らかであつて、確証となしがたいばかりでなく(右作成日は後に認定する甲第一号証作成の日と相前後していることも疑問を抱かせるものである。)、かえつて、右証人の証言中には、原告とリフトとの間にはその趣旨の特約が存在しなかつたことを窺わせる供述も存在するのであつて、前記各証人の供述はいずれも措信しがたく、他に右特約の存在を認めるに足りる的確な証拠はない。

してみれば、原告の第一次請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三次に、第二次請求中リフトに留保された所有権侵害を主張する部分について判断する。

原告は、リフトと丸二製紙との間の所有権留保の特約を証するものとして甲第一号証を提出し、右甲第一号証は昭和四二年三月二〇日ごろに作成されたものと主張するところ、被告らは、同号証は丸二製紙倒産のころ作成された内容虚偽の文書と主張するので検討するに、〈証拠〉によれば、甲第一号証の原本に顕出された丸二製紙代表取締役としての被告有田の署名欄の印影は、丸二製紙倒産の直前、昭和四二年五月二六日に、被告有田が昭和二二、三年頃代議士となつていたころからの選挙の後援者でリフトの下請として給水配管工事とさく井工事を受持つていた訴外中島正清がリフトの代表取締役青木利雄と共に丸二製紙東京本社に被告有田を訪れ、同人らにおいて丸二製紙に対する請負代金を確保するため公正証書を作成したいとの趣旨を述べ、すでにタイプ印刷のされた契約書案を示して記名の下に被告有田の代表者としての捺印を乞うたところから、同被告がこれを承諾して手許にあつた代表者印を押捺したことにより顕出されたものであること、その際、作成日付と契約条項中第五条にある日付を示す「四二」、「三」、「一〇」なる文字部分は空白になつており、後日そう入するとの説明を受けたため空白のまま残したものであり、従つて、右各日付部分は後にそう入されて、乙第四号証の一として完成したものであることが認められ、この認定に抵触する証人の各証言は前掲各証人の証言に照らして措信しがたい。そして、〈証拠〉によれば、前掲丙第一号証は、リフトと丸二製紙間に締結された前認定の産業機械電気配線給水配管工事の基本契約書と認められるところ、右契約書中には所有権留保特約の記載がないことに徴すれば、右契約書の記載文言にも拘わらず、所有権留保の特約があつたとする証人の証言は措信しがたく、他に右特約の存在を認めるに足りる特段の証拠はない。

以上によれば、第二次請求中、本件資材の所有権がリフトに存したことを前提とする原告の請求もまたその余の点につき判断を加えるまでもなく理由がないというべきである。

四次に、第二次請求中リフトの先取特権侵害を理由とする主張の当否につき判断する。

リフトが原告から買受けた電気関係工事資材を丸二製紙に納入したことは前説示のとおりであるところ、リフトと丸二製紙との間の契約は工事請負契約としてなされ、独立の売買契約として成立したものではないが、前認定の事実関係のもとにおいては代金相当部分は売買代金に対する先取特権によつて保護されると解するのが相当である。しかるところ、右資材の一部が訴外日証により当時資材を保管していた被告富士電設の倉庫から搬出されたことは原告と被告有田を除く被告との間では争いがなく、被告有田との関係においては〈証拠〉により認めるに十分であるが、その結果、右搬出分の資材の行方が不明となつたことは口頭弁論の全趣旨によつて明らかであるから、リフトはその代金債権について右搬出分の範囲で先取特権を行使しえなくなつたものといわなければならない。しかして、日証の搬出した資材の数量及代金額については原告と被告ら間に争いがあるところ、〈証拠〉によれば、日証が資材を搬出した当時被告富士電設倉庫に保管されていた物件は、別紙物件目録記載の物件中〈番号省略〉のみであつたことが認められる。もつとも、〈証拠〉には、原告主張の数量、品目が記載されており、証人は同号証記載の物件の存在を確認せしめた旨供述するが、その作成日付は昭和四二年四月二八日と記載されているうえ、その書面自体に「使用ずみ」なる記載があるものもあり、〈証拠〉をも併わせるときは右甲号証の記載及び証人の供述は採用しがたい。証人は、丙第二号証記載の物件が倒産時における被告富士電設の保管物件である旨供述するが、この点も〈証拠〉に照らして採用できない。しかるところ、右物件に対する原告主張の単価は、〈証拠〉によれば、そのもとになつた前記甲第三号証の単価の記載が丸二製紙の従業員である右喜田によつて記入されたことを認めるに足りるから、右単価による代金額をもつて当時の正当価額とすべきものである。しかるときは、その価額は合計二五四万四五七二円となることが明らかである。

ところで、本件リフトの有する動産売買の代金に対する先取特権なるものは、その債務者が代金債務を履行しないとき、競売法に基づいてみずから当該売買の目的物に対する競売申立をなしこれを実行してその売却代金から満足を得、又は他の債権者が強制執行をしないしは競売法に基づく競売を申立てた際、これに対して優先弁済権を主張しうる権利であるが、右によつて明らかなように、本件のような先取特権者が代金債権についてその権利を行使して満足を得ようとするためには、右のような積極的行為を要するのであつて、先取特権を有すること自体により、抵当権者や登記ある先取特権者のように競売法上当然その優先弁済権を斟酌される地位を有するわけではない。しかるところ、原告の本訴における代位権の行使の目的となる権利は、もとより右先取特権自体であるのではなく、先取特権の消滅により訴外リフトが取得したとする損害賠償請求権なのであるが、リフトが果して本件代金債権確保のために先取特権を行使する挙に出たかどうかは不定の事実であり、またその挙に出たとしてもその実効を挙げ得たかは、本件のように目的物件が先取特権者の手許にない場合の競売の実施に関する実務の取扱いとあいまつて疑わしく、かかる先取特権の行使がなされることが稀な事態であることも顕著な事実である。従つて、かような事情のもとで原告がリフトの先取特権が消滅し、そのためにその行使により取得しうべき代価を取得しえなくなつたことによつてリフトが代価相当の損害を被つたと主張するためには(右の代価が先取特権消滅による損害であると解すべきである。)少なくともリフトにおいて右先取特権を行使する意思と可能性を有していたことを立証することが必要であると解すべきであるが、これを認めるに足りる証拠はない。してみれば、原告の右主張はその余の点につき判断を加えるまでもなく理由がない。

第二被告有田、同和田に対する第三次請求について

一被告有田及び亡和田が丸二製紙において第三号抄紙機の設置を計画し、原告がリフトに、リフトが丸二製紙に本件資材を納入した当時、丸二製紙の代表取締役であつたこと原告がリフトに売渡しリフトが丸二製紙に納入した資材の総額が一三二二万四七〇六円であつたことはさきに説示したとおりであるところ、丸二製紙がリフトに対し、右第三号抄紙機の設置工事の代金支払のため原告主張の合計九六七万一〇〇〇円の約束手形を振出したことは、被告和田との間では当事者間に争いがなく、被告有田との関係では〈証拠〉によりこれを認めうべく、〈証拠〉によれば、右各手形は受取人のリフトから原告が裏書により取得したが、結局その支払を受けえなかつた事実が認められ、この認定に反する証拠はない。してみれば、原告は、特段の事情が認められないから、同額の損失を被つたものであり、本件のような一連の取引がなされたという事情のもとでは、右損失は丸二製紙の倒産と因果関係を有する損失というべきである。

二よつて、被告らの商法二六六条の三所定の責任の有無について判断する。

1  被告有田及び亡和田の具体的職務内容について、

〈証拠〉によれば、丸二製紙は、製紙抄造、特殊紙抄造加工、販売を目的とする会社で、昭和二二年に設立され、亡和田が代表取締役となつて経営してきた会社であるところ、昭和四一年頃、和田はその工場に従来設置されていた第一、二号抄紙機のほかに第三号抄紙機を設置することを計画したが、そのために多額の長期借入資金の獲得を必要としたため、人を介して昭和二一年から大阪一区選出の代議士として連続五回の当選を果し、その間、商工政務次官、通商産業政務次官を歴任したことがあり、主管官庁である通商産業省にも顔の利く被告有田に右融資獲得面の協力を依頼したこと、被告有田はこれを承諾し、昭和四一年一二月、亡和田との間で丸二製紙のため融資の斡旋をなすことを確約するとともに、融資が得られたときはその一割を報酬として受けること、亡和田の推せんにより同人と共に丸二製紙の代表取締役に就任すること、被告有田が社長となり、亡和田が副社長となること、右両名の間に業務執行について意見の対立を生じたときは被告有田を紹介し同時に丸二製紙の取締役に就任した訴外明石幸雄を加えて協議決定することなどを根幹とする協定を結び、その上で被告有田も代表取締役に就任したこと、被告有田は以上の経緯で代表取締役に就任したところから、その後は東京都内日本橋に設けられた本社事務所に席を置き、第三号抄紙機の設置に関する通産省の承認の取付け、設置に伴う資金獲得面を担当し、会社の一般業務の執行は従来どおり工場のある静岡県富士宮市在住の亡和田によつて行なわれたこと、被告有田はその後、同四二年一月三一日に通産省から第三号抄紙機の新設承認を取り付けるとともに日本開発銀行からの融資とこれを軸とする他の金融機関からの協調融資の獲得を目途として日本開発銀行に対して融資の申請をしその承認の取付けに努力していたが成功せず、丸二製紙は右工事資金の第一回手形支払期日である同年四月三〇日の支払分については不渡を免れたが同年五月三一日の第二回支払期日の分は決済ができず、倒産したこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

2  丸二製紙の資産状態と第三号機設置の経緯について

丸二製紙の資本金額が八〇〇〇万円であつたことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉を総合すれば、丸二製紙が倒産した昭和四二年五月三一日当時、同会社は訴外三井物産株式会社に対して同四〇年一二月二四日に両会社間に授受された覚書に基づく約五億四〇〇〇万円の約束手形金債務を負担し、また訴外駿河銀行に対して三億六〇〇〇万円の債務を負担するなどその債務額は合計約一五億九〇〇〇万円となつていたこと、そのうち第三号抄紙機関係で負担した債務は約三億円であつたこと、かような状況から第三号抄紙機新設計画を策定した当時においても債務は多額にのぼつていたところ、同会社としては、既設の第一、二号抄紙機による完全操業をすれば一応収支が見合う程度の見込はあつたが、三井物産に対する前記借入金(右借入金元本については、昭和四一年三月一八日に三井物産と丸二製紙代表者和田との間で同年九月以降同五一年八月までの間に分割弁済する約定が成立していた。)を支払うためにはさらに生産能力を高める必要があるとして第一、二号機を合わせたもの以上の能力を有するとされた第三号機の設置を計画したこと、当時丸二製紙は三井物産からは取引を停止されたため訴外東洋綿花株式会社を主たる取引先として製品を納入するようになつており、昭和四一年四月初旬から下旬にかけて第三号機による製品についても同会社からは一か月につき七〇〇トン(約三三六二万円相当)の、また訴外住友商事株式会社からは条件に合うかぎり一か月につき三〇〇トンないし五〇〇トンの引合いがなされていたこと、以上の事実を認めることができ、〈る。〉

3  第三号機設置資金獲得の可能性について

〈証拠〉によれば、被告有田は通産省から新設認可を得た後、日本開発銀行から約二億円の融資を得たうえ、他の金融機関からも協調融資を受けるべく、まず日本開発銀行に対する接渉を開始したが、同銀行では当時丸二製紙の属するダンボール業界が過剰生産をしており、工場新設が望ましくないことと申請受付前の調査により同会社の資産状態と信用状態からみて能力が不足していることから同銀行地方開発営業部の申請受付の段階で受理を拒まれ、審査部による実質的な審査を受けるまでに至らなかつたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

4  以上の事実関係のもとで、被告有田と亡和田の責任の有無を検討するに、株式会社の経営に当たる代表取締役が会社の発展を願い業績を挙げるべく努力をすることは当然の任務であり、そのために企業としてある程度の危険を冒すことも有りうることとしなければならない。しかしながら、その結果、会社に損害を与え、ひいて第三者に損害を与えた場合においてその任務の遂行に故意又は重大な過失があるときは、会社に対して内部的責任を負うのは勿論として、損害を被つた第三者に対しても商法二六六条の三所定の責任を負わなければならないのである。

そこでまず、被告有田の責任の成否について考えるに、前認定の事実関係によれば、被告有田は、第三号抄紙機の新設に必要な資金獲得のために代表取締役に就任したものであつてその余の業務執行には実際上関与しなかつたのであるが、丸二製紙が倒産に到り、原告において約束手形金の支払を受けえられなかつたのは同被告の担当した第三号抄紙機新設のための資金獲得工作の失敗に直接起因することが明らかであるが、右の業務は当時の丸二製紙の命運を分かつ重要な業務であつたのであるから、同被告に故意又は重大な過失が認められるならば、商法二六六条の二所定の責任を負担しなければならないのである。しかるところ、被告有田は第三号機新設に関する通産省の承認はこれを取り付けることができたけれども、融資については日本開発銀行における審査受付の段階ですでに受理を拒否されたというのであつてその事情はさきに認定したとおりであるが、被告有田としては、亡和田の依頼に応じて代表取締役に就任し融資面を引受けるに当たつては、丸二製紙の資産状況、ひいて信用状態、業界の事情を慎重に調査し、その成否を確認したうえで右の業務を引受けるべきであつたことは当然であり、銀行融資が受付の段階ですでに拒否されるような事態を招いたこと自体により、その慎重さを欠いていたことが推認できるのであつて、このことは、ひつきよう、同被告が代表取締役としてその職務を執行するにつき会社に対して負う善良な管理者としての注意義務及び会社に対する忠実義務に違反する重大な過失があつたことを示す証左に外ならない。この点につき被告有田本人(第一、二回)は、丸二製紙の負債は三井物産に対するものだけで一七億円にのぼるものがあつたが、通産省もこれを了解して融資の斡旋をすることになつたところ、日本開発銀行に対する接渉の段階で同会社に対し二七億円にのぼる負債の存在が明らかになつたため融資を拒否された旨供述するが、この点に関する供述の採用できないことは前説示のとおりである。

次に亡和田の責任の成否についてこれをみるに、前認定の事実関係によれば、同人は金融面を直接担当したものではないが、丸二製紙の代表取締役として第三号抄紙機の設置を企画し、かつ所要資金の獲得面を被告有田に依頼して代表取締役に招じ入れたものであるところ、当時の丸二製紙の資産状態を認識していたものであり、そのうえで三億円余にのぼる資金を要する新事業に踏み切るについては資金獲得の可能性について十分な裏付けが必要であるから、この点について十分に慎重になるべきは当然のことである。しかるに、被告有田の力量を軽信して同被告に資金獲得面の依頼をして増設に踏み切つた結果、前記のようないわば門前払いの状況で融資を拒否されて資金の獲得ができず、会社の倒産を招いたものであつて、被告有田について説示したと同様、代表取締役としての職務を執行するについて重大な過失があつたものといわなければならない。

以上によれば、被告有田及び亡和田は丸二製紙の倒産により原告が被つた前記損害を賠償する義務があるものというべきである。

三そこで、被告和田の過失相殺の主張について検討する。なお、被告有田は右主張をしていないが、裁判所は損害額の算定にあたり賠償義務者から格別の主張がなくても過失の斟酌をなしうるものと解されるから、以下被告有田についても共通のものとして判断を加える次第である。

この点につき、原告は、商法二六六条の三所定の責任につき過失相殺の規定を適用することは許されないと主張するが、民法上の過失相殺の規定は損害賠償の制度を貫く衡平の原則の一適用に外ならないから同条の責任をもつて不法行為責任と解することなく商法の認めた特別の責任と解する場合においても過失相殺の法理の適用を否定する根拠はなく、これを認めて妨げないと解すべきであるから、原告のこの点の主張は理由がない。

しかるところ、〈証拠〉によれば、右秋山は原告の代表取締役専務として本件取引の衝に当たつたものであるところ、本件資材の買主は訴外リフトであるが、リフトから丸二製紙に納入されることを知つていたため、取引銀行を通じて丸二製紙やリフトの信用状態を調査したが、さしあたつて懸念はない旨の回答を得て取引に入つたものであること、また、〈証拠〉によれば、原告(当時の代表者は栗林博)としてはリフトの資力を信用したのではなく、丸二製紙の社長被告有田が有田ドラツグの経営者で、もと代議士であることと第三号抄紙機の増設については通産省の承認があり日本開発銀行の融資も確定しているとききこれを信用して取引に入つたものであることがそれぞれ認められるところ、当時丸二製紙の資産状態が悪化しており、かつ増設工事の資金獲得の成否は被告有田の手腕にかかつていたことは前説示のとおりであり、しかも資金獲得の根幹となる日本開発銀行からの融資も未決定であつたことは前認定のとおりであるが、原告の社長栗林、専務の秋山はリフトと丸二製紙間に作成された契約書(丙第一号証)をもみて丸二製紙の取引がリフトとの間だけでも四六〇〇万円以上にのぼるものであり、工事の性質上抄紙機本体の購入費その他の経費が必要であつて莫大な資金を要するものであることは容易に予測されたのであるから、その取引に当たつてはより慎重な信用調査をすることが売主としても自己に忠実な態度であつたというべきである。そして、日本開発銀行からの融資が確定していたかどうかについてもその調査が困難であつたとは思われない。しかるに、原告はかかる調査をすることなく取引に入つたものであつて、政治家としての被告有田の手腕を信頼したというのであるならば、原告もまたその点で危険を冒したものであつて、そのために生じた損害については原告にも過失があるものといわなければならない。

そして、右のような事情のもとにおいては、原告の過失はこれを三割と評価するのが相当であるところ、原告が被つた損失が九六七万一〇〇〇円であることは前説示のとおりであるから、被告有田及び亡和田は、原告に対し連帯して右金額の七割に相当する六七六万九七〇〇円の支払義務を負担したものというべきである。

そして、亡和田が昭和四六年一月一二日死亡し、被告和田が単独相続人として亡和田の権利義務を承継したことは当事者間に争いがないから、被告和田は、右支払義務を負担することが明らかである。

第三結論

以上の次第で、原告の被告五名に対する第一次請求及び第二次請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであるが、被告有田、同和田に対する第三次請求は、同被告らに対し各自金六七六万九七〇〇円及びこれに対する損害発生後である昭和四五年六月一一日(被告有田及び承継前の被告和田将裕に対する各訴状送達の翌日)以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。 (吉井直昭)

別紙目録〈省略〉

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